2008年04月01日

歴史人物・・・「グナエウス・コルネリウス・スキピオ・アシーナ」

グナエウス・コルネリウス・スキピオ・アシーナ (BC310〜245)
共和制ローマ執政官 (BC260,254)

 第18回目となる今回は、グナエウス・コルネリウス・スキピオ・アシーナや。

 ずいぶんと長い名前ですね。

 この辺でローマ人の名前のパターンについて説明しとこか。基本的にローマ貴族の名前は、3つの部分で構成されとる。個人名・氏族名・家名や。たとえば、カエサルの場合、ガイウスが個人名、ユリウスが氏族名、カエサルが家名や。要するに、「ユリウス氏族カエサル家のガイウス」というわけや。

 じゃあこの人は、「コルネリウス氏族スキピオ家のグナエウス」ということですね。でも最後の「アシーナ」というのは?

 それは今までにもよく出てきたニックネームや。当人の行為によってその当時につけられたやつと、同姓同名を区別するために後からつけられたやつがある。

 そんなに同姓同名って多いんですか?

 ローマ人の個人名ってのは、えらく数が少ないんや。全部で20くらいしかなくてな、頭文字だけでも全部わかるようになっとる。例えばMならマルクス、Lならルキウスというようにな。

 ところでアシーナってどういう意味?

 それはすぐにわかるで。じゃあ、こいつについて話そうか。こいつはBC260年に執政官に就任すると、対カルタゴの前線基地を設置するため、200隻の艦隊を率いてメッシーナに赴くんや。

 メッシーナで補給と兵の訓練を続けていたんやが、そんなところに面白い情報が飛び込んできたんやな。

 どんな?

 リパリという町の守備隊が手薄で、簡単に陥とせそうという話や。


シチリア地図U


 スキピオ自身も現場に赴いて状況を確認し、翌日に備えて一旦沖合いで休息したんやが・・・

 何があったんです?

 重大な情報を聞き漏らしていたんや。ちょうどこの時、パレルモに150隻のカルタゴ艦隊が駐屯していてな、そこの司令官がスキピオの意図に気づいたんや。そして夜のうちに軍艦を派遣して、スキピオを取り囲んでしまったんや。

 あちゃー。

 朝になってカルタゴ艦隊に完全に包囲されていることに気づいたローマ兵は大慌て。しかし時すでに遅く、何も出来ずに捕らえられてしまったんや。スキピオ自身も、兵士と一緒になってパニックになってしまい、あっさりと捕まってしまったために、ついたニックネームが、アシーナバカというわけや。

 そりゃまた悲惨だね。

 まあ、彼はこれでは終わらなかったけどな。身代金を払って解放され、帰国したスキピオは、BC254年に執政官に再度当選し、ローマ艦隊の司令官に再任されるんや。

 え? 大失態をした人物をまた同じ職に就けるんですか?

 ここが興味深いところでな、ローマでは、「一度失敗したのだから学んだだろう。だから今度は成功するにちがいない」と考えることが多いらしいんや。逆にカルタゴでは即刻死刑やけどな。

 で、スキピオは艦隊を率いてパレルモを陥とし、見事に汚名返上したわけや。まあ、「アシーナ」の名は後世まで残ってしまったがな。



統率政治戦闘智謀魅力
5339724460

特技:攻城 

参考文献 「ローマ人の物語2 ハンニバル戦記」 塩野七生
       「古代ローマ歴代誌」 フィリップ・マティザック


 余談だが、このアイマス架空戦記「アイマス・トータルウォー」は、BC270年のスキピオ家が舞台や。このゲームでは出てこないが、史実だったらコイツがスキピオ家の統領だったんやろな。



posted by THOMAS at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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