2008年06月11日

歴史ニュース…「白鳳−天平期の金銅仏出土 奈良・明日香の檜隈寺跡」

白鳳−天平期の金銅仏出土 奈良・明日香の檜隈寺跡

6月10日22時25分配信 産経新聞

 飛鳥時代(7世紀)の有力渡来系氏族で、王権と密接な関係にあった東漢(やまとのあや)氏の氏寺とされる奈良県明日香村の檜隈(ひのくま)寺跡(国史跡)で、7世紀後半〜8世紀に鋳造された金銅製仏像の右手部分が出土し、村教委が10日発表した。当時の仏像が発掘調査で見つかるのは全国的にも珍しい。1300年前の金色の鮮やかな輝きが残っており、6世紀中ごろの仏教伝来に力を尽くした東漢氏の信仰と栄華を物語る貴重な資料になりそうだ。

 右手部分は長さ2.3センチ、幅1センチで、手首から指先まで残っていた。一部指が取れていたり、金がはがれていたが、金の発色の良さや、指を1本ずつ彫る技法などから、白鳳〜天平時代の仏像で中国か朝鮮半島製の可能性が高いという。

 仏像本体は全長25センチほどの小型の金銅仏と推測され、同寺の本尊ではなく、僧侶や信者たちが念持仏として持っていたとみられる。

 檜隈寺は7世紀後半の創建で、金堂や講堂、塔跡のほか、6世紀ごろの飛天が浮き彫りされた金銅製の光背が発掘調査で見つかっている。周辺は東漢氏の拠点で、約500メートル南には極彩色壁画が描かれたキトラ古墳(国特別史跡)がある。

 金銅仏の右手は11日〜7月10日に同村平田の国営飛鳥歴史公園館((電)0744・54・2441)で展示される。


 この手の記事には突っ込みようがないが、小さいとはいえ金の仏像を持っていたというのは、確かに当時の東漢氏の栄華の程が知れるな。

 東漢氏って誰?

 4世紀ごろに百済から渡ってきた集団や。技術者や武人として優れた人が多く、征夷大将軍の坂上田村麻呂も東漢氏の出身や。…って、確か前にも同じ話をしたような気がするな。
posted by THOMAS at 22:35| 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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